・ドクターマーチンの革靴の位置商標が、商標登録を認める程、著名ではないと判断されました
・アンケート結果は高く評価されました。しかし、アンケートで、黄色のステッチがある黒色の革靴を使用していました
・黒い革靴では、消費者の注意を引くので、本願商標は認知度を得ていると判断しました。しかし、黒以外だと、認知度が高いと認められないとのことです
事件の概要
商標の実務で、参考になる判例・審決例を紹介していきます。
今回は、知的財産高等裁判所の令和5年(行ケ)第10003号の判決、ドクターマーチンの革靴の位置商標の判例を紹介します。
あなたは、ドクターマーチンの革靴を知っていますか?
ドクターマーチンは、イギリスの靴・ブーツのブランドです。
ドクターマーチンの革靴・ブーツは、黄色のステッチ(糸の縫い目)が、特徴です。
実際、ドクターマーチンの多くの革靴・ブーツには、黄色のステッチがあります。
そこで、日本で、以下の位置商標を出願しました。
なお、黄色の破線状の図形が、商標出願の範囲です。
破線は商品の形状の一例を示していて、商標を構成する要素ではありません。
指定商品は、「革靴」と「ブーツ」です。
特許庁の審査では、本願商標は、識別力を有さないとして、拒絶されました。
簡単に言えば、ありふれているので、商標としての特徴がないと判断されました。
これに対して、使用によって、本願商標が識別力を獲得した旨、主張しました。
しかし、そのような主張も認められませんでした。
拒絶査定不服審判を請求しましたが、判断が覆らずに、拒絶査定を維持する旨、審決が下されました。
この審決に対しても不服があり、訴訟を提起したのが、本件の裁判になります。
位置商標は、「新しいタイプの商標」の1つで、2015年から、商標法の保護対象になりました
裁判所の判断
あなたは、ドクターマーチンの位置商標を、どう判断しますか?
商標登録が認められる程、日本国内で、著名だと思いますか?
結論から言うと、商標登録が認められないとして、裁判所は、原告の請求を棄却しました。
以下、裁判所の判断を紹介していきます。
本願商標が識別力(商標としての特徴)を有さないと判断
本願商標の位置は、靴を製造すると、通常、ステッチ(糸の縫い目)が現れる位置です。
ステッチが破線状になることも通常で、黄色が、特段、珍しいわけではありません。
よって、本願商標は、識別力を有さないと判断しました。
この判断は妥当で、どう主張しても、判断を覆すのは、ほぼ不可能です。
メインで争っているので、次の論点です。
本願商標が著名であることの原告の主張
出願商標が、日本で、著名であれば、特例で、商標登録が認められます。
そこで、本願商標が著名である旨、原告は、主張しました。
本願商標の用いられた原告商品は、昭和60年頃から、日本全国で販売されています。
本願商標の査定時までの販売期間は約35年と長いです。
なお、日本での原告の売り上げは、以下の通り、右肩上がりです。
販売額 | 販売数 | |
平成31年/令和元年度 | 約59億3千万円 | 約47万8千足 |
令和2年度 | 約62億4千万円 | 約47万9千足 |
令和3年度 | 約64億7千万円 | 約46万8千足 |
また、多くの雑誌の記事で、原告商品が取り上げられています。
その中で、「イエローのステッチがアクセント」などと紹介されています。
さらに、インターネットの記事でも、原告商品が取り上げられています。
その中でも、「靴底を一周する黄色い縫い目が特徴」などと記載されています。
原告は、アンケート結果も、証拠資料として、提出しました。
黒い革靴の黄色ステッチ部分を見た需要者のうち、30.7%が原告ブランド名を想起すると回答しました。
さらに、選択肢を示した場合、37.6%が原告ブランドを選択しました。
このような状況から、黄色のステッチ(糸の縫い目)を見れば、ドクターマーチンと認識できると主張しました。
黄色ステッチから、ドクターマーチンを想起できる、ファッション好きの人もいます
商標登録を認められる程に、著名ではないと判断
裁判所は、アンケートの結果を高く評価しました。
しかし、アンケートでは、黄色のステッチがある黒色の革靴を提示しています。
黒色の靴だと、黄色のステッチの視認性・印象が高まります。
黄色やベージュの靴だと、黄色のステッチは、需要者の目を引かないと判断しました。
つまり、下地が黒色であると、黄色のステッチが目立ちます。
現に、雑誌の記事においても、以下の通り、色のコントラストを指摘しています。
黄色のステッチは、暗い色の革と魅力的なコントラストを生む
ツヤのあるブラックレザーにマーチンの象徴、イエローステッチが引き立ちます。
よって、黒以外の革靴やブーツだと、本願商標の認知度が高いとは認められないと結論付けました。
判例から学べること
アンケート結果の有効性
アンケートの結果、正答率が50%を下回りました。
それでも、裁判所は、アンケートの結果を高く評価しました。
ファッション業界には、多数のブランドが存在します。
また、商品の形状から、ブランド名まで、想起するのは、なかなか難しいです。
そういった中で、30%以上の正答率が、好成績と判断しました。
商標の著名性を立証するために、本件のように、アンケートを実施することがあります。
アンケート結果が有効かどうか、判断するための、1つの指針になる判例です。
アンケートは、多額のコストが掛かりますが、有効な証拠となり得ます!
指定商品の限定の重要性
本願商標の指定商品は、「革靴」と「ブーツ」で、特に色を限定していません。
そのため、本願商標の認知度が高いとは認められないと判断しました。
一方、以下のような見解も、裁判所は、示しています。
少なくとも黒い革靴に用いる場合には、本願商標は相当程度の認知度を得ている
黒色の革靴だと、黄色のステッチが目立ち、消費者の印象に残ります。
例えば、指定商品を「黒色の革靴」に限定していれば、どうだったでしょうか?
もしかしたら、商標登録が認められたかもしれません。
もちろん、実際には、黒色以外の革靴も販売しています。
しかし、商標登録を優先するのであれば、指定商品を限定するのもアリだったと思います。
この判例から、指定商品・役務を限定することの有効性を学べます。
本件と比較すると、おもしろい判例
本件とは別に、ドクターマーチンは、販売の中止を求める訴訟を提起しました。
対象となった被告の製品(ブーツ)は、以下の通りです。
なお、事件番号は、令和2年(ワ)31524です。
ドクターマーチンは、位置商標の商標登録を取得できていません。
よって、不正競争防止法を根拠に差し止めを要求しました。
この判決と、本件を比較すると、興味深いです。
結論としては、裁判所は、原告(ドクターマーチン)の請求を認めました。
この判決の中で、ドクターマーチンの黄色のステッチが、周知と認定します。
ただし、被告の製品は、黒色のブーツです。
黒とのコントラストにおいて、黄色のステッチが、明瞭に視認できると判断しました。
つまり、周知性が認められるのは、特定の条件下だけです。
よって、本件の位置商標の判決は、この判決と矛盾していません。