・原告は、商標権侵害を主張しましたが、被告の「無効の抗弁」が認められて、原告の請求は棄却されました
・登録商標「熱中対策応急キット」が、直接的な商品の内容表示に過ぎず、無効理由を有すると、裁判所は判断しました
・日本の特許庁の審査レベルは高いですが、特許庁の判断が間違うこと・認められないこともあります
事件の概要
商標の実務で、参考になる判例・審決例を紹介していきます。
今回は、大阪地方裁判所の令和4年(ワ)第9818号の判決、商標「熱中対策応急キット」の判例を紹介します。
まず、事件の概要を説明します。
原告は、以下の登録商標「熱中対策応急キット」の商標権者です。
指定商品は「飲料水」、「タオル」や「ポーチ」などです。
なお、紛らわしいですが、登録商標は、「熱中症対策応急キット」ではありません。
一方、被告のリンクサス株式会社は、「熱中対策応急キット」という名称のキットを販売しています。
キットの中身は、飲料水、冷感タオル、サプリメントや収納バッグです。
実際の商品は、以下の通りです。
被告が、原告の登録商標「熱中対策応急キット」を使用していることは明らかです。
そこで、被告が商標権を侵害していると主張して、原告は裁判所に訴えました。
裁判所の判断
登録商標「熱中対策応急キット」が、直接的な商品の内容表示に過ぎないと、被告は主張しました。
よって、原告の商標登録が無効理由を有するので、商標権侵害に該当しないと、被告は反論しました。
いわゆる、「無効の抗弁」です。
被告の無効の抗弁は、認められると思いますか?
つまり、登録商標「熱中対策応急キット」が、直接的な商品の内容表示に過ぎないでしょうか?
結論から言えば、原告の商標登録は無効理由を有するとして、無効の抗弁を認めました。
裁判所は、原告の請求を棄却しました。
以下、裁判所の判断について、紹介していきます。
他社の使用状況
原告・被告は、どちらも、登録商標「熱中対策応急キット」を使用しています。
裁判所は、以下の通り、原告・被告以外の「熱中対策応急キット」の使用状況を示しています。
なお、インターネットで見つかった写真・画像も、参考までに、併せて、提示します。
・ミドリ安全は、平成24年に、「熱中対策応急キット」との名称の商品の広告販売を行う。
・株式会社つくし工房は、「熱中対策応急キット」や「つくしの熱中対策応急セット」の名称の商品の広告販売を行う。
・ユニット株式会社は、少なくとも令和2年には、「熱中対策応急キット」との名称の商品の広告販売を行う。
・株式会社レンタルのニッケンは、少なくとも令和3年及び令和4年には、「熱中対策応急キット2」・「熱中対策応急キットDX2」との名称の商品の広告販売を行う。
・エスアールエス株式会社は、「熱中対策応急キット Ⅱ」・「熱中対策応急 キットDX Ⅱ」の名称の商品の広告販売を行う。
商標が識別力を有するか、判断する際、他社の使用状況は、重要な判断要素の1つです
「熱中対策応急キット」が直接的な商品の内容表示に該当する!
本件商標中の「熱中」、「対策」、「応急」及び「キット」の4つの語からなります。
これらの語を字義どおりに捉えると、「熱中対策応急キット」の語全体から、熱中症の応急処置に用いるバッグといった意味合いが、直ちに生じません。
しかし、「熱中」の語は、「熱中症」と、「症」の文字を除く2文字が一致しています。
よって、本件商標中の「熱中」は、「熱中症」の一部と認識しても、不自然ではないとのことです。
また、ミドリ安全を中心とする多数の法人が、本件商標を使用しています。
それも、熱中症に応急的に対応するための物品一式に、本件商標を使っています。
このような事情を考慮すると、「熱中対策」の語は、「熱中症対策」の意味でも一般的に理解されるとのことです。
よって、「熱中対策応急キット」の語は、熱中症の対策又は応急処置に用いる物品一式、もしくは、そのような物品を含む商品を意味します。
本件商標を指定商品に使用しても、商品の用途を表示したものに過ぎません。
本件商標「熱中対策応急キット」が直接的な商品の内容表示に該当すると判断しました。
原告は、被告に対して、商標権を行使できない!
本件商標は、商標法3条1項3号に該当するので、無効にすべき商標登録と判断しました。
なお、商標法3条1項3号では、以下のように規定されていて、このような商標は、商標登録できません。
その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、~(省略)~を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
つまり、本件商標は、特許庁の審査ミスにより、登録になったと、裁判所が判断しました。
よって、無効とすべき商標登録なので、このような商標権に基づき、原告は、権利行使できないと判断しました。
無効理由を有する商標登録だと、商標権の行使が制限されます!
判例から学べること(特許庁の判断が、間違うこと・認められないこともある!)
商標権侵害を主張した原告の心情は、理解できます。
「熱中対策応急キット」の商標登録を保有していて、第三者が使用したので、商標権侵害を主張した。
原告の対応は、ごく自然なものです。
しかし、商標権侵害は認められず、かつ、商標登録に無効理由があると判断されてしまいました。
原告にとって、かなり厳しい判決が下されました。
ただ、一方で、裁判所の判断も、十分に納得できます。
判決が示した通り、多くの会社が、「熱中対策応急キット」という文言を使用しています。
このような事実を考慮すると、「熱中対策応急キット」は、「熱中症対策の応急処置用のキット」と認識されるでしょう。
また、今回、商標権侵害を認めると、被告以外にも、影響が及びます。
つまり、被告以外の「熱中対策応急キット」の使用者も、商標権を侵害していることになります。
よって、裁判所の判断は、妥当だと思います。
もし、落ち度があるとすれば、特許庁の審査でしょう。
特許庁の審査では、商標登録を認めないとして、拒絶理由を通知しています。
しかし、意見書で反論することで、判断を覆し、商標登録を認めました。
特許庁の審査水準は、世界的にみても、高レベルです。
筆者の経験上、特許庁の審査結果に納得できることが、ほとんどです。
しかし、審査官も、人間なので、ミスすることもあります。
今回のように、判断が難しいケースだと、判断主体が異なれば、違った結論が下されることがあります。
特許庁の判断が間違うこと・認められないこともある点を、考慮する必要があります。