商標の実務で、参考になる判例・審決例を紹介していきます。
今回は、知的財産高等裁判所の令和5年(行ケ)第10111号の判決、商標「田中箸店」の判例を紹介します。
判決の全文は、こちらです。
10年以上の弁理士歴のある筆者が、初心者にも分かりやすいよう、丁寧に説明していきます。
この記事を読めば、最新の商標の判例の内容を知ることができます。
また、苗字を含む商標の出願を検討している人の役に立つはずです。
商標「田中箸店」の事件の概要
原告である株式会社田中箸店は、1948年に創業した、福井県小浜市の老舗の箸製造メーカーです。
原告は、標準文字で、商標「田中箸店」を出願しました。
指定商品は、「スプーン、フォーク及び洋食ナイフ」と「台所用品(「ガス湯沸かし器・加熱器・調理台・流し台」を除く。)」です。
しかし、特許庁では、商標としての特徴(専門的に言うと「識別力」)を有さないとして、商標出願を拒絶しました。
なんで、特許庁は、商標としての特徴を有さないと判断したんですか?
「田中箸店」が「田中の姓を有する者による箸を取り扱う店」を意味するに過ぎず、誰の業務に係る商品か、分からないと、特許庁は判断しました!
この判断に対して、田中箸店は拒絶査定不服審判を請求しました。
しかし、審判においても、判断が覆らずに、拒絶査定が維持されました。
この審決に不服のある原告が、審決の取り消しを求めて、訴訟を提起したのが本件です。
商標「田中箸店」事件の裁判所の判断
あなたは、本願商標「田中箸店」が識別力を有すると思いますか?
結論としては、裁判所は、原告の主張を認めず、本願商標が識別力を有さないと判断しました。
裁判所は、原告の請求を棄却しました。
特許庁・審判・裁判所の判断を、まとめると、以下の通りです。
以下、裁判所の判断について、紹介していきます。
「田中」は、日本国内で、ありふれた氏(苗字)
本願商標「田中箸店」は、「田中」と「箸店」の語の組み合わせなので、裁判所は、「田中」の語について、検討しています。
裁判所は、以下のような資料・事実を示しています。
よって、「田中」は、日本国内で、ありふれた氏(苗字)と、裁判所が判断しました。
「田中さんによる、箸を取り扱う店」程度の意味合いに過ぎない
次に、本願商標中の「箸店」の語について、議論しています。
以下の通り、「箸店」の語が、「箸を取り扱う店」の名称・商号に使用・採択されているとのことです。
- 岩多箸店
- 株式会社 伊勢屋箸店
- やまご箸店
- 小山箸店
- タケダ箸店
- 神戸屋箸店
- 坂田箸店
「箸店」の語は、「箸を取り扱う店」を意味します。
よって、本願商標は、「田中さんによる、箸を取り扱う店」を意味しているに過ぎません。
本願商標が、商標としての特徴(識別力)を有さないと、裁判所は判断しています。
例外的に商標登録を認める程、有名ではない
全国的に著名であれば、例外的に、商標登録が認められます。
例えば、以下のような著名商標が、例外的に、商標登録を認められています。
原告は、本願商標「田中箸店」が、全国的に著名である旨、主張しました。
しかし、裁判所は、原告の主張を認めずに、商標登録を認めませんでした。
商標「田中箸店」の判例から学べること(特徴を有さない商標を商標登録するには)
「田中」は、明らかに、ありふれた苗字です。
また、「箸店」は、普通に「箸を取り扱う店」と認識できます。
よって、今回の裁判所の判断は、妥当です。
もし、「田中箸店」の商標登録を目指すのであれば、以下のようなアプローチが考えられます。
ロゴ化、もしくは、図形を付けて、商標登録を取得する
商標をロゴにする、もしくは、図形を付ければ、このような拒絶理由を回避できます。
例えば、原告のホームページで使用している、以下の態様で、商標出願すれば、今回の拒絶理由を回避できたでしょう。
指定商品を限定する
本件の指定商品は、「スプーン、フォーク及び洋食ナイフ」と「台所用品(「ガス湯沸かし器・加熱器・調理台・流し台」を除く。)」です。
「箸」以外の商品も含んでいます。
田中箸店のメイン商品は「箸」なので、指定商品を「箸」に限定した方が、全国的な著名性を主張しやすかったはずです。
もし、筆者が本件を担当していたら、以下のような方針を検討しています。
ちなみに、識別力のない商標に対するアプローチは、「あずきバー」の商標戦略が参考になります。
以下の記事で、紹介しているので、ぜひチェックしてください。
「あずきバー」の商標戦略(商品の内容表示に過ぎない商品名を商標登録するには)・商標「田中箸店」が、「田中さんによる、箸を取り扱う店」を意味するに過ぎず、商標としての特徴(識別力)を有さないと、裁判所は判断しました
・また、商標「田中箸店」は、例外的に商標登録を認める程、全国的に有名ではないと判断しました
・このような商標に対しては、①ロゴ化や図形を付して、商標登録を取得したり、②指定商品を限定して、商標出願にチャレンジすることが考えられます