・商標「athlete Chiffon」は、「運動選手向けのシフォンケーキ」を意味するに過ぎず、サービスの直接的な内容表示に該当すると判断しました
・実際の使用状況も考慮した上で、裁判所は丁寧に判断していますが、識別力の判断は、なかなか難しいです
・識別力が問題となるケースでは、出願人の使用証拠を提出する可能性があります。できれば、ダミー名義での商標出願を避けましょう
事件の概要
商標の実務で、参考になる判例・審決例を紹介していきます。
今回は、知的財産高等裁判所の令和5年(行ケ)第10038号の判決、商標「athlete Chiffon」の判例を紹介します。
まず、事件の概要を説明します。
原告は、商標「athlete Chiffon」を出願しました。
指定役務は、「飲食物の提供」「宿泊施設の提供」「宿泊施設の提供の契約の媒介又は取次ぎ」です。
しかし、特許庁において、本願商標が、識別力を有さないとして、拒絶しました。
本願商標は、「運動選手向けのシフォンケーキ」を意味するに過ぎないと判断しました。
よって、本願商標は、サービスの直接的な内容表示に該当するとのことです。
この拒絶査定に対して、原告は、不服審判を請求しました。
しかし、審判においても、判断が覆らずに、拒絶査定が維持されました。
この審決に不服のある原告が、審決の取り消しを求めて、訴訟を提起したのが本件です。
裁判所の判断
あなたは、本願商標「athlete Chiffon」から「運動選手向けのシフォンケーキ」の意味合いが生じると思いますか?
また、本願商標は、サービスの直接的な内容表示に該当すると思いますか?
結論としては、本願商標は、「運動選手向けのシフォンケーキ」を意味するに過ぎず、サービスの直接的な内容表示に該当すると判断しました。
裁判所は、原告の請求を棄却しました。
国語辞典・英和辞典の記載
「athlete」の語は、「運動選手。スポーツ選手。アスリート。」の意味で英和辞典に掲載されています。
また、「アスリート」は、「運動選手」の意味で国語辞典に掲載されています。
次に、「Chiffon」の語を検討します。
英和辞典には、「絹またはナイロンの軽くて柔らかい織物」を示す名詞として掲載されています。
また、「軽くてふんわりした。」などを意味する形容詞としても掲載されています。
さらに、国語辞典には、「シフォン」の複合語として「シフォンケーキ」が掲載されています。
ウェブサイト等での「athlete」(アスリート)の語の使用状況
ウェブサイトや新聞記事での使用状況を考慮します。
まず、「athlete」(アスリート)の語の使用状況です。
「アスリートケーキ」や「アスリートパンケーキ」の語が、広く使用されていました。
これらは、「運動選手向けのケーキ」や「運動選手向けのパンケーキ」を意味します。
よって、「athlete」(アスリート)の部分は、後半に続く商品又はサービスが「運動選手向け」であることを示すものと捉えられます。
「アスリートケーキ」や「アスリートパンケーキ」の使用例は、本願商標中の「athlete」が「運動選手向け」を意味する、1つの根拠です
ウェブサイト等での「Chiffon」(シフォン)の語の使用状況
次に、「Chiffon」(シフォン)の語の使用状況です。
「Chiffon」(シフォン)の語は、「シフォンケーキ」の略称で使用されていました。
例えば、以下の通りです。
・「お子様シフォン」「お一人さまシフォン」(提供対象+「シフォン」の語)
・「バナナシフォン」「チョコシフォン」(原材料・味+「シフォン」の語)
・「バレンタインシフォン」「ひなまつりシフォン」(行事+「シフォン」の語)
また、シフォンケーキ専門の飲食店や店舗の店名に「シフォン」「Chiffon」が使用されていました。
このような使用状況を勘案すると、飲食業界では、「Chiffon」は「シフォンケーキ」の略称と認識されます。
また、「Chiffon」の前に、提供対象を意味する語がある場合、語頭の部分は、「シフォンケーキ」の内容を表すものと理解されます。
つまり、本願商標の場合、「Chiffon」の前の「athlete」の語は、「運動選手向けの(商品)」を意味します。
本願商標は「運動選手向けのシフォンケーキ」を意味する
業界の実情を考慮すると、「Chiffon」は「シフォンケーキ」の略称と認識されるとのことです。
また、本願商標中の「athlete」は、「運動選手向けの(商品)」であることを意味します。
よって、本願商標「athlete Chiffon」は、「運動選手向けのシフォンケーキ」を意味するに過ぎません。
本願商標に係る指定役務には、「飲食物の提供」が含まれます。
本願商標は、提供される飲食物が運動選手向けのシフォンケーキであること、すなわち、サービスの内容を表示しているに過ぎません。
判例から学べること
識別力の判断の難しさ
本願商標は、「athlete」と「Chiffon」の語を組み合わせた商標です。
出願人が創作した造語で、一見すると、識別力がありそうです。
しかし、裁判所は、本願商標が識別力を有さないと、結論しました。
裁判所の判断にも、説得力があります。
実際の使用状況も考慮した上で、丁寧に判断しています。
本件のように、既存の英単語を組み合わせた商標は、識別力の判断が、なかなか難しいです。
特許庁でも、裁判所でも、他者の使用状況が考慮されます。
識別力を有するか、判断する際には、インターネットを利用して、他者の使用状況を確認しましょう。
識別力の判断は、商標専門の弁理士でも、迷うことが多々あります
ダミー名義での商標出願について
原告(出願人)は、「渡邉 秀治」さんです。
インターネットで調べてみると、めぶき弁理士法人の顧問を勤めています。
めぶき弁理士法人は、本件の代理人です。
よって、本件は、代理人の名義で、商標出願しています。
つまり、本願商標の実際の使用者ではなく、ダミー名義で出願しています。
ところで、出願人の使用実績を提出することで、識別力の判断に有利に働くことがあります。
出願人が大々的に使用していた場合、その商標を見れば、多くの人が出願人を想起するからです。
そのような場合、商標登録を認めてもいいと、裁判所も判断しやすくなります。
しかし、本件では、出願人と使用者が相違します。
つまり、出願人が本願商標を使用していないので、本願商標の使用実績を提出できません。
本件、どういった事情で、ダミー名義で出願したか、分かりません。
ただ、識別力が問題となるケースでは、基本的には、ダミー名義で商標出願しない方がいいです。