商標「池上製麺所」の判例紹介

まとめ

・商標「池上製麺所」が、商標としての特徴性(識別力)を有さないと、裁判所は判断しました

・商標「池上製麺所」は、池上さんが運営する麺類の飲食店といった程度の意味合いしか、生じないとのことです

・氏(苗字)を含む商標は、審査官によって、判断が分かれています。どのように審査されるか、予測するのが、なかなか難しいです

事件の概要

商標の実務で、参考になる判例・審決例を紹介していきます。

今回は、知的財産高等裁判所の令和5年(行ケ)第10031号の判決、商標「池上製麺所」の判例を紹介します。

池上製麺所は、香川県高松市にある、讃岐うどんのお店です。

(池上製麺所のホームページより)

香川県には、多くのうどん屋さんがありますが、その中でも、人気のお店です。

そこで、池上製麺所」の標準文字を商標出願しました

(商願第2020-117387号)

なお、指定役務は、「飲食物の提供」です。

しかし、特許庁の審査で、本願商標は、以下の商標法3条1項4号の規定に該当するとして、拒絶されました。

ありふれた氏又は名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標

「池上」は、ありふれた氏(苗字)に過ぎないと判断しました。

つまり、「池上製麺所」では、どの池上さんのお店が判別できず、商標として機能しないとの判断です。

原告は、拒絶査定に承服せず、拒絶査定不服審判を請求しました。

しかし、審判でも、判断が覆らずに、拒絶査定を維持する旨、審決が下されました。

この審決に対しても不服があり、訴訟を提起したのが、本件の裁判になります。

裁判所の判断

「池上」の苗字は、ありふれていると思いますか?

また、商標「池上製麺所」は、商標としての特徴性(識別力)を有するでしょうか?

結論から言うと、商標「池上製麺所」は識別力を有さないと、裁判所は判断しました

裁判所は、原告の請求を棄却しました。

「池上」は、ありふれた氏(苗字)に該当

「池上」の苗字の人は、日本に約4万4100人にいます。

日本の苗字ランキングは、453位だそうです。

一方、原告は、「池上」は様々な意味を有するので、即座に苗字とは認識されないと主張しました。

しかし、4万人以上、「池上」の苗字の人が、日本に存在します。

たとえ、「池上」に様々な意味があったとしても、「池上」が、ありふれた氏(苗字)であると、裁判所は判断しました。

日本の苗字ランキング453位の「池上」でも、ありふれていると、裁判所は判断しました

「製麺所」の語は、飲食店の店名の一部と理解される

本来、「製麺所」は、麺類を製造する所を意味します。

しかし、讃岐うどんの製麺所で、セルフサービスで、うどんを提供することがよくあります

実際、香川県内には、こういった製麺所タイプ(製麺所スタイル)のうどん店が多いです。

例えば、「松下製麺所」、「多田製麺所」、「穴吹製麺所」、 「藤村製麺所」や「日の出製麺所」です。

また、日本全国においても、うどんやラーメンの飲食店で、「〇〇製麺所」という名称が用いられています。

上記の実態を勘案すると、「製麺所」は、麺類を提供する飲食店を指す店名の一部と理解できます

確かに、うどん屋やラーメン屋で、「〇〇製麺所」という店名は、いくつもあります

商標「池上製麺所」は、商標としての特徴性(識別力)を有さない

本願商標中の「池上」は、ありふれた氏(苗字)と判断しました。

また、「製麺所」は、麺類を提供する飲食店の表示として慣用的に用いられています。

よって、商標「池上製麺所」は、池上さんが運営する麺類の飲食店といった程度の意味合いしか、生じません。

どの池上さんの飲食店が判別できないので、商標としての特徴性を有さないとのことです。

商標「池上製麺所」は、商標としての特徴性(識別力)を有さないと、裁判所は判断しました。

判例から学べること(氏(苗字)を含む商標の判断の難しさ)

ありふれた氏(苗字)に該当するか、判断は、なかなか難しいです

商標審査基準などでも、明確な判断基準が示されていません。

本件と同様、苗字と「製麺所」の組み合わせで、商標としての特徴性を有さないとして、特許庁で拒絶された例があります。

例えば、以下のような商標が、拒絶例です。

  • 松井製麺所
  • 二階堂製麺所
  • 猿渡製麺所

このような拒絶例をみると、今回の裁判所の判断は、ある程度、妥当です。

一方で、苗字と「製麺所」の組み合わせでも、商標登録になった例もあります。

例えば、以下の登録商標です。

  • 玉垣製麺所
  • 大門製麺所
  • 西海製麺所

「玉垣」や「大門」は、ありふれた氏(苗字)ではないと判断されました。

ありふれた氏(苗字)に該当するかの線引きが難しいですね。

さらに、「池上」よりも、ありふれている氏(苗字)を含む商標でも、登録になっています。

例えば、以下のような登録商標です。

  • 小林製薬(小林は、日本の苗字ランキングで9位)
  • 大塚食品(大塚は、日本の苗字ランキングで81位)
  • 矢野食品(矢野は、日本の苗字ランキングで148位)

これらの審査では、ありふれた苗字を含んでいても、商標全体として、特徴を有すると判断しています

こういった登録例をみると、今回の裁判所は、厳しすぎる気もします。

氏(苗字)を含む社名や店名は、日本に、たくさん存在します。

このような商標を出願する際には、注意する必要があります。

なお、「池上製麺所」の指定役務は、「飲食物の提供」でした。

例えば、指定役務を「うどんの提供」に限定していたら、どうだったでしょうか?

「池上製麺所」は、讃岐うどんの有名店です。

うどん業界で、「池上製麺所」と言えば、特定のお店を認識する可能性が高いです。

指定役務を限定していたら、もしかしたら、裁判官は、違う判断をしたかもしれません。

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